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概 要

(名 称)公益財団法人防長倶楽部

(設 立) 大正12年7月18日

(公益財団法人移行)平成23年6月21日認定 同年7月1日登記

(目的等)
 郷土意識を基調とする教育活動を通じ愛国心の根源を培い文化の発展と民族意識の昂揚を図るを以って目的とし、次の事業を行う。

(1)教育文化発展を目的とする学術講演会

(2)機関誌の発行

(3)奨学金貸与

(4)教育研究活動に対する助成

(5)山口県出身先賢の遺徳顕彰事業

(6)その他法人の目的を達成するための事業

歴史と理念

 防長倶楽部の前身は、日露戦争の戦勝の余韻が冷めやらぬ明治38年(1905)、東京在住の山口県出身者有志によって「異同倶楽部」が作られたことから発している。

その後、会員の要望に応えて大正3年(1914)組織を改め、干支にちなんで「甲寅会(こうしんかい)」と命名され、さらに間もなく「防長倶楽部」と改められた。

大正12年、防長倶楽部は、甲寅会から防長会館を含む財産を継承、私的な倶楽部から民法に基づく法人組織として発足した。この年をもって財団法人防長倶楽部発足となった。

当時、入会資格が厳しく、一部の人たちからは敬遠されるなどあったが、その後、会員も次第に増加し、財政基盤も強化され、ステータスシンボルとしての評価も高まってきた。

昭和18年9月、防長倶楽部は名称を「防長会」と改称した。

この状況が一変したのが、昭和20年の終戦であった。同年5月の東京大空襲で、防長会館を失い、インフレで財産は紙切れとなった。そのような中、事務所も転々としながら活動をつづけた。何とか形が整ったのが昭和25年であり、財団法人防長倶楽部として再出発した。

そして、門戸を広く開き会員を募り、運営を民主的なものに改めるなどを経て、女性への門戸開放や若者の入会にも注力するなど、組織基盤である会員増強を進め、平成15年には80周年を盛大に祝うことができた。

一方、事業活動であるが、先賢遺徳顕彰や教育・文化事業活動の増強、機関誌とホームページの充実、更に山田奨学会を吸収合併するなど公益事業の拡充を図ると共に、夏祭りやきらら会コーラスそしてゴルフ同好会などの共益事業や福利厚生活動の質的向上を進め、併せて、資産運用への対応や事務所の高機能化を進めてきた。 これ等の集大成が新公益財団法人発足に至ったわけであるが、「郷土山口を愛し、それを通して公益に資する」理念は、創立以来不変である。

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